巻 頭 言

Colum

8月巻頭言

「ロシアはどうなっているのか」

今年は暑い夏となった。
6月7月の涼しさが嘘の様な猛暑となった。
これも地球規模の気候変動の一貫だろうと思う。
この暑い夏に努力して部厚い本を読んだ。
下斗米伸夫氏の「神と革命」(ロシア革命の知られざる真実)と副題の付いた書物である。
(筑摩書房2017.10出版)
中々の力作で私も不思議に思っていた1917年のロシア革命が何故成功したのか、又70年後何故崩壊したのかを知る上で少なからず理解を得た著作である。
思えば20世紀、世界に大きなインパクトを与え、その後東西両陣営の東の巨頭として世界の歴史を動かしてきたロシア帝国そしてソビエト連邦。
そしてその誕生と消滅は確かに世界の歴史を動かし、今も尚多くの国に影響を与え続けている。
この大国の発生と消滅に深く関ったのがロシア正教の分派である古儀式派であると分析している。
この分派はコンスタンテノ-ブルに在って東方教会としてロ-マカトリック教会と対立してロシア各地に勢力を持っていたギリシャ正教の主流から異端者として排除された信徒集団である。
非常に厳格な規律を持ち真面目によく働き団結心の強い信仰に厚い信者集団であった。
あたかも西欧におけるプロテスタントの様な雰囲気を持った集団で司教を持たない特色があったと書いてある。
この異端分派の活動が西欧における資本主義の発生と発展に大きく寄与した西欧プロテスタントと同じ様な役割を担いロシア帝国の工業化促進の一大勢力となった。
彼らは主としてモスクワとボルガ河の間にある地帯で中心都市、イワノボ・ボズネセンスク付近に繊維工業を興し農民資本から工業資本への転換を計り自らも企業家となり又労働者となって初期的資本蓄積に大きな役割を果たしたと分析している。
この集団こそロシア革命の初期を推進した勢力でありレ-ニン・トロツキ-の革命勢力を下支えしたのは間違いない。
この様な下支えする民衆集団がなければレ-ニン一派、即ちボルシェビィキ5000人位の集団で革命が成立する訳はないと考えるのが当り前であろう。
この集団にとってモスクワ帝国は「アンチクリスト」でありサ-クト・ベテルグルグは宗教敵となっておりその抵抗力と情熱は半端でなかったと書かれている。
レーニンは「無神論」を掲げ「宗教は阿片だ」と事ある毎に抑圧や弾圧や投獄を繰り返したが、彼らの情熱と犠牲なしには革命を成功し得なかったもではなかろうか。
しかし権力を握ってからはこの集団に激しい圧迫を加え「無神論」を大衆におしつけた。
この集団は初期(1905年)に企業家と労働者・農民の信者が集って色々と規則等を討論し闘争の進め方等を決めていた。
それをソビエトと称していた。
それが中央政府が組織された時にソビエト連邦として正式に国家の機関として採用されているのだと言われている。
さて革命が一応成功しレ-ニンが死去しスタ-リンの時代に入ってもこの集団の抵抗精神は衰える事はなく何度も労働者のストライキを起し弾圧の対象になったが綿々とその精神は引き継がれていった。
時を経て経済的な行き詰まりや軍拡の負担増で民衆の生活が圧迫されゴルバチョフがグラスノステ(情報公開)に踏み切り今迄秘密にされていた歴史の真実が明らかになるに従いレ-ニン・トロツキ-の輝かしい歴史に大きな汚点見えてきた。
それはレ-ニンがスタ-リンよりも激しく宗教異端集団を弾圧した事が明らかになって来たからである。
ロシア人がソビエトロシアの真実を知ったときレ-ニンを神から醜悪な人間に突き落し大衆の目覚めが始った。
結局レ-ニンは無神論で大衆を強引に縛ったがロシア人の心の中にあったメシア信仰は消えていなかった。
今の政府のプ-チン大統領が2017年3月に正式に異端派の主教と会談をしこの異端派との妥協を計ったのはロシア史にこの派の正式な場所を与えた画期的な出来事だった。
かくてソビエト連邦は崩壊し共産党の無神論は退場した。
この事実はソビエト連邦の縛りから開放されて始めて明らかになって来た最近の分析であり、これを見て人間の宗教に対する深い影響を見る思いがした。
ドフトエスキ-の「罪と罰」に出て来るラスコリニコフはロシア語のラスコリニ(異端者)から来ていると言われているが19世紀トフトエフスキ-はこの様な歴史の真実を洞察していたのだろうか?
日ロ平和友好条約交渉が行き詰っている。
ロシアの真実の歴史を理解せずにロシアとの交渉は成功しないだろう。
何がロシア人の心を動かしているのか、この本は我々に多くの示唆を与えてくれる。
歴史は時の政治家によって歪められたり消されたりするが、大衆の情熱と行動は、その様な政治家の思惑を超えて歴史を動かして行く。
「人民只人民のみが歴史を創る」とは歴史の真実の姿である。
人民の声なき声を無視する政治家に明日はない。

2019.8.10 藤村 明